管理職になったとき、正直思いました。
「これは、無理かもしれない。」
営業として結果を出すことと、
人を任されることは、
まったく別の話でした。
マネジメントの本を読みすぎて、迷子になった
自分に自信がなかった私は、
とにかく本を読みました。
マネジメントの本、
リーダー論、
チームビルディング。
読んでは実践して、
読んではまた実践する。
結果どうなったかというと、
自分でも笑ってしまうくらい、ブレました。
ある日は、やたら厳しいマネージャー。
またある日は、急に熱いことを語り出すマネージャー。
今思えば、メンバーは相当困惑していたと思います。
「昨日と言ってることが違うな」
そう思われていたはずです。
自信がなかったから、型にすがっていた
当時の自分を振り返ると、よく分かります。
あれは向上心ではなく、自信のなさでした。
「こうあるべき」
「正しいマネージャー像」
そういう型に当てはめないと、
人の前に立てなかった。
自分の言葉で話すのが、怖かったんだと思います。
意外だったのは、言葉に迷わなかった場面
ただ、一つだけ意外なことがありました。
部下や後輩に向き合うとき、
「こんな自分が言っていいのか」
と迷うことは、ほとんどありませんでした。
それは、営業で結果を出した経験があったからです。
「自分にも出来たんだから、みんなも絶対に出来る」
その一点だけは、不思議と疑わずにいられました。
偉そうに教える感覚ではなく、
本気で信じていたという感覚に近いです。
不器用な自分だから、分かることがあった
管理職になって強く感じたのは、
うまくいかない人の気持ちが、手に取るように分かる
ということでした。
成果が出ない焦り。
周りと比べてしまう苦しさ。
「向いていないのでは」という自己否定。
それは、全部自分が通ってきた道だったからです。
だから、
- 上手くいかない理由を責めない
- すぐに結論を出さない
- 逃げ道を一緒に探す
そういう関わり方が、
自然に出来ていました。
向いていない自分のやり方を、再現性にする
営業が得意なタイプではなかった私は、
「向いている人のやり方」を真似しても、
なかなか成果が出ませんでした。
だからこそ、
- 不器用な人でも出来るやり方
- 無理をしない方法
- 再現性のある動き方
を、自分なりに積み上げてきました。
それをそのまま部下に伝えられたのは、
自分にとって大きな意味がありました。
うまくやれたとは、今でも思っていない
正直に言います。
管理職として、「うまくやれた」とは思っていません。
たくさん失敗したし、
迷わせてしまった場面もあります。
それでも、これだけは胸を張って言えます。
メンバーの成功を、
心から祈って、
最後まで接してきた。
それは、
営業時代に先輩に助けてもらっていた自分が、
ずっと忘れなかったことです。
向いていないままでも、役割は引き受けられる
この経験から思うのは、
「向いていない=やるべきではない」
ではない、ということです。
得意じゃない。
自信もない。
怖さもある。
それでも、
- 人を大切にしたい
- 信じたい
- 関係を閉じたくない
そう思えるなら、
引き受けていい役割もあります。
最後に
私は今でも、自分をリーダータイプだとは思っていません。
ただ、
向いていない自分を理由に、
人との関係を閉じなかっただけです。
このブログは、そういう選択を残す場所です。
また、続きを書きます。


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