自分の中にある「逃げたい気持ち」との付き合い方

雨の日にデスクの上でノートを開いている 考え方

「逃げたい」と思う気持ちは、
大人になるにつれてあまり口にしなくなるものだと思います。

でも振り返ると、私の中にはずっとこの感情がありました。


人生で一番、逃げ出したかった瞬間

小学生の頃、委員会に必ずどこか入らなければいけませんでした。

滑舌が悪かった私は、
「喋らなくていいだろう」という消去法で交通委員会を選びました。

ところがある日、
全校集会で「交通委員会からのお知らせ」を発表することになったのです。

しかも、発表者は一人ではなく全員で一文ずつ読み上げる形式

授業中の音読ですら苦痛だった私にとって、
全校生徒の前でマイクを持つという状況は文字通り地獄でした。

あの瞬間は、人生で一番「ここから消えたい」と思った出来事です。


逃げたい気持ちは、頭を占領する

その日から、頭の中はその発表のことでいっぱいでした。

  • 自分が読む文章はどこか
  • 苦手な発音は入っていないか
  • 笑われたらどうしよう

友達と話していても、空返事しかできない。

心はずっと先の不安に引きずられて、「今」に戻ってこられない。

逃げたい気持ちは、静かに、でも確実に
生活の中心を奪っていきます。


消そうとしても、消えなかった

「たった数秒だ」
「みんなどうせ気にしていない」

何度も自分に言い聞かせました。

でも、心臓はバクバクして呼吸は浅くなる。

頭では分かっていても、体はまったく言うことを聞きません。

このとき学んだのは、逃げたい気持ちは、理屈では消えないということでした。


逃げなかった理由は、勇気じゃない

結果的に私は、学校を休んだり発表そのものから完全に逃げることはしませんでした。

でもそれは、勇気があったからでも克服できたからでもありません。

  • 発表の文章を、発音しやすい言葉に言い換える
  • 声を小さくして、目立たないように読む

そんな工夫をしながら、
「100%逃げる」という選択肢を思いつかなかっただけだと思います。

今でも、あれを乗り越えたとは思っていません。


「逃げないこと」を、他人に押し付けない

大人になってから、
不登校や対人恐怖症のニュースを見るようになりました。

そのたびに思います。

自分は、たまたまストレスが限界まで達しなかっただけなんだ

もし、あのときもう少し追い詰められていたら、
違う結果になっていたかもしれない。

だから私は、「逃げなかった自分」を
他人に押し付けてはいけないと思っています。

逃げないことが正解でも、逃げることが間違いでもありません。


今も、逃げたい気持ちは消えていない

正直に言うと、逃げたい気持ちは今もあります。

  • 経営者として取引先と話すとき
  • 人前でスピーチをするとき
  • 笑顔の写真を撮るとき

小学生の頃の感覚が、ふと蘇ることがあります。

私は今でも、これらが得意だとは言えません。


私なりの付き合い方

それでも今は、逃げたい気持ちが出てきたときこう考えるようにしています。

  • 消そうとしない
  • 無理に前向きにならない
  • でも「自分が壊れるかどうか」はよく見る

逃げたい気持ちは、敵ではなく自分の限界を知らせるサインなのかもしれません。


最後に

私は、逃げたい気持ちを克服した人間ではありません。

ただ、その気持ちがあるままでも人生は続けられると知っただけです。

逃げる選択肢も、踏みとどまる選択肢も、どちらも間違いではない。

このブログは、そういう曖昧さをそのまま置いておく場所です。

私も、まだ途中です。


次に読むなら

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