「閉じなくていい選択肢」が生まれた瞬間

デスクで悩んでいる男性 ブログについて

今振り返っても、一番きつかったのは営業1年目でした。

まだ仕事での成功体験はなく、自信もない。
それなのに、自分にとって一番向いていない仕事に向き合っている。

正直、「もう無理かもしれない」
そう思ったことは一度や二度ではありません。


成功体験がない状態で、向いていないことを続ける怖さ

営業1年目の頃の私は、結果も出ていませんでした。

同期は少しずつ成果を出し始め、評価され、前に進んでいるように見える。

一方で自分は、毎日必死にやっているのに何も積み上がっている実感がない。

この状態が一番きつかった。

「努力すれば報われる」
そんな言葉を信じるには、あまりにも手応えがなかったからです。


本気で考えた「閉じる」という選択肢

そのとき、頭に浮かんでいたのはシンプルでした。

仕事を辞める。

それだけです。

逃げたい、という気持ちと同時にもう一つの感情もありました。

ここで辞めるのは、逃げなのか?
それとも、正しい判断なのか?

そして何より、強く引っかかっていたのは、

あの時の選択を、失敗だったと思いたくない

という感情でした。


周りの言葉に、すがりきれなかった理由

当時、周りの先輩たちは何度も声をかけてくれました。

「絶対に今後伸びるから」
「千葉は遅咲きだよ。今は力を蓄えている段階だね」

ありがたい言葉でした。

でも同時に、こうも思っていました。

自分の未来のことを、他人の方が分かるはずがない

期待の言葉を、そのまま信じきることはできなかった。


それでも残った、たった一つの感覚

ただ、その言葉を何度も聞くうちに、少しずつ変わっていった考えがあります。

先輩の言葉が正しいかどうかは、これからの自分の選択次第で決まる

先輩の言葉が、正解になるか不正解になるか。

それは、未来の自分がどう振る舞うかで決まるんじゃないか。

そう思えたとき、初めてこう感じました。

「今、すぐに閉じなくてもいいかもしれない」


前向きだったわけじゃない

誤解してほしくないのは、
このとき私は前向きになったわけではありません。

自信がついたわけでも、覚悟が決まったわけでもない。

ただ、

  • 今ここで決めきらなくてもいい
  • もう少しだけ時間を使ってもいい

そう思えただけです。

それでも、自分にとっては十分でした。


もし、あの時すべてを閉じていたら

もしあの時、「やっぱり無理だった」と決めて仕事を辞めていたら。

きっと私は、その後も何かに挑戦するたびに、

思い切ってやっても、結局ダメなんだ

そうやって、自分の苦手なことから距離を取り続ける人生だったと思います。

成功しなかったことよりも、挑戦した選択そのものを否定してしまう人生です。


「閉じなくていい選択肢」という言葉について

「閉じなくていい選択肢」という言葉は、根性論ではありません。

続けろ、という話でもない。
我慢しろ、という話でもない。

ただ、

今の苦しさを理由に、あの時の選択まで失敗だと決めなくていい

という立ち位置を残す言葉です。


最後に

私は今でも、営業1年目のあの頃を思い出します。

何も掴めていなくて、
何者でもなくて、
それでも必死にしがみついていた時間。

あのとき、すべてを閉じなかったから今があります。

このブログは、そんな「途中の選択」を肯定するためにあります。

私も、まだ途中です。


次に読むなら

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