「休めない人」というより、休み方が分からなくなってしまった人は、意外と多いと思います。
少なくとも、昔の私はそうでした。
不器用さを「行動量」で埋めていた頃
営業1年目の頃、私は明らかに不器用でした。
成績は出ない。
要領も良くない。
周りはどんどん結果を出していく。
その中で私が選んだのは、行動量と時間で埋めることでした。
早く来て、遅くまで残る。
誰よりも動く。
それが、自分にできる唯一の戦い方だと思っていました。
休もうとすると、浮かんでくる言葉
休もうとすると、頭の中にこんな言葉が浮かびます。
自分は周りより劣っている。
人の倍は働かないといけない。
休んでいる場合じゃない。
これは誰かに言われた言葉ではありません。
自分で自分に言い聞かせていた言葉です。
働くことで、居場所をつくっていた
今振り返ると、「頑張っている自分」を
評価していたわけではないと思います。
営業の結果が悪い自分にとって、誰よりも働くことは、
ここにいていい理由をつくる手段
だったのだと思います。
成果が出なくても、「頑張っている」という事実だけは、
自分を支えてくれていました。
休んだつもりで、休めていなかった
休日は、昼から暴飲暴食をしていました。
「今日は休みだ」
「楽しんでいる」
そう思っていたけれど、だいたいお腹を壊して終わる。
体は休まっていないし、心も回復していない。
ただ、働いていない時間を、別の刺激で埋めていただけでした。
休めないと、視野が歪んでくる
怖いのは、その状態が続いたときです。
自分が勝手に働いているだけなのに、いつの間にか
- 周りはサボっている
- 努力が足りない
そんなふうに他人を見てしまうようになっていました。
これは、頑張っている証拠ではありません。
余裕を失っていたサインだったと思います。
「働いているつもり」になっていないか
あるとき、睡眠や食事の大切さを扱った動画を見ました。
そこで、ふとこんな考えが浮かびました。
ひたすら働いているつもりになるのは、自己満足かもしれないな。
頑張っている感覚と、実際に前に進んでいるかどうかは別の話です。
休む=頑張らない、ではない
ここで誤解してほしくないのは、
「頑張らなくていい」と言いたいわけではありません。
休むことが正しくて、頑張ることが間違い、そんな話でもない。
ただ、休めない思考癖を持ったまま頑張ると自分にも周りにも優しくなくなるということです。
私なりに変えた、たった一つの視点
私が意識するようになったのは、
これだけです。
今の行動は、本当に前に進むためのものか。
それとも、不安をごまかすためのものか。
どちらでもいい。
でも、自覚するだけで違いました。
最後に
休むのが下手なのは、怠け者だからではありません。
多くの場合、必死だっただけです。
不器用で、置いていかれたくなくて、居場所を守りたかった。
このブログは、そんな思考癖を責めずに見直す場所です。
私も、まだ途中です。


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